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インタビュー☆きらめく人々(2)できることを、やり続けていきたい。

きらめく人々☆インタビュー


機会があったら、ぜひ現地へ行ってみてほしい。
現地へ行って、考えることが復興につながるんじゃないかな。


ボランティア活動に向かう観光バス


Tさんは、2011年6月、プロジェクトがひと段落した合間をぬって、かねてから気になっていたボランティアに参加されました。東日本大震災で被災した岩手県釜石市大槌町で、道路の泥のかきだしを経験したTさんに、現地で感じたことや復興への想いについて伺いました。



311当日、目にした悲惨な映像

Tさんは、2011年3月11日の東日本大震災当日たまたま自宅にいた。徹夜で仕事をし、仮眠をとっていた矢先、あの地震に遭遇した。「揺れで起き、リアルタイムであの悲惨な映像をみていました。津波が襲ってくる瞬間なども放送されていて、かなり衝撃的でした」。“自分にできることを、なにかしなきゃ!”と強く思ったTさんは、仕事がひと段落した6月に行動を起こした。

参加したのは、観光ツアー

今回Tさんが参加したのは、木村観光が主催する「応援します東北」バスツアー(※)。ボランティア活動と観光とがセットされた2泊3日のツアーで、東北の経済を少しでも活性化するために現地でお金を使うことができるものだ。温泉好きのTさんは、ボランティア活動と自分の好きなことと両方が実現できるツアーを選択した。料金は、約3万円。平日にも関わらず、22人が参加したという。
初日は、9時に大宮を出発。バスに7時間揺られて、岩手県の温泉宿に到着しその日は体を休めた。2日目は、午前6時に宿を出発。今回ボランティア活動を行う大槌町まで、パスで3時間半かかった。岩手県の沿岸地帯は、幹線道路からの距離も遠く瓦礫撤去などのスピードが宮城県に比べると遅れているようだ。現地では、ボランティア活動として約4時間道路に積もった泥の撤去を行い、3時間かけて宿にもどった。3日目は、世界遺産に先日登録された平泉中尊寺などに行き、帰途についた。

現実を目の当たりにして

泥の撤去作業を行ったのは、岩手県釜石市大槌町の吉里吉里保育園近くの道路だ。保育園は建物の骨格だけを残し、周囲の建物は全て流されている状態だった。「瓦礫や土の中からスヌーピーのぬいぐるみや子ども向けのDVDが出てきて、ここに居たはずの子どもたちは無事だったのだろうかと思いました。」と切ない表情で語る。「現地までの道中、とにかく圧倒されました。2階建てくらいの高さがある堤防が、ころっと転がっていたりするんですからね・・・」。行ってみて、水が相当高いところまで来たことがわかったという。テレビでは、映されない角度の映像もある。現地にいってこそ、わかることもあったようだ。


先が見えない現在は、「復興」とはいえない
現地のボランティアセンターの方から、「観光でもいいからきてほしい。テレビなどでは、東北は復興に向かっていると報道されるが、全くそんなことはない。この現状を、見るだけでもいいから来てほしい」という話があり、Tさんの心に刺さった。「復興復興というけれど、現場はそんなことないんですよね。確かに、現場は片付きつつあるけれど、家が建ち始めているわけではないんです。そこにまた人が住むのかどうかもわからない。現地の方にとっては、全く先がみえないんです」-。それでも、「現地に行くと、次にどんな支援ができるのかを考えることができます。引き続きやれることはやっていきたいと思いました」と、穏やかだが意志のある口調で語る。今回のツアーに名古屋から参加した方は、東北の現状を知りたいと会社に申請すると、上司から「もう復興始まっているんですよね」と言われたのが納得いかなかったと話したという。Tさんは、現場とそれ以外の地域との温度差が、確実にあるように感じた。

できることを、やり続けていきたい
今回のボランティア活動を通じて、Tさんは“復興の難しさ”」を痛感したという。「被災者・支援者・傍観者含めた人の心、現地のあまりに悲惨な現状、行き渡らない義援金。これらが復興を妨げる要素になっているように思いました。とにかく現地のために何かしたいという想いがある一方、積極的に活動する人達に苦情を言う人もいるということを今回のツアーで聞きました。津波で全て流されて、本当にまたここで住めるのか想像もつかないような悲惨な現状がある。集まった多額の義援金も、なかなかスムーズに被災地の方々へ行き渡っていない。それは残念ですよね。現地の人にすぐに役立つ支援は何か、知恵を絞っていかないといけないと思います。友人には、機会があればぜひ行ってみたほうがいいよと伝えたいです。まずは現地に行って考えること、それこそが復興につながっていくんじゃないかな」。支援物資マッチングシステムを活用して現地の方が必要としている物の提供を開始したり、来週末にも再度ボランティア活動へ出かける予定など、できる支援を次々に積み重ねているTさんの横顔は、しっかりと未来を見据えていた。


 (※) 木村観光 ボランティアツアー http://www.kimurakanko.co.jp/ouen.html

岩手県道路沿いに掲げられたメッセージ

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きらめく人々☆インタビュー(1)ブレインジムで“「大丈夫」と「生きる力が溢れでる」”をサポートしたい

きらめく人々☆インタビュー


日本一周キャラバン始動!
ブレインジムを広め、子供やお母さんが成長する力をサポートしたい


ブレインジムインストラクターを目指すゆきさん
名取ゆき さん
東京都出身。コーチングやNLP・心理学などを学ぶ中で、ブレインジムと出会う。2011年11月に、ブレインジムのインストラクター/コンサルタント資格取得予定。
ゆきさんのブログ【「生きる力が溢れ出す」日本一周ブレインジム快道快走中




 ブレインジムは、運動によって脳を活性化させ目標達成能力を高めるプログラム。元々は、発達障害や学習障害を抱える方のためのエクササイズとしてアメリカで開発されたが、現在ではビジネスや教育、医療やスポーツなど様々なシーンで活用されている。日本では、2010年にテレビ番組で紹介されたことがきっかけで、現在、主に教育やビジネスの現場で注目を集めつつある。「日本人であるのにまだまだ知らない日本という国。日本を旅することで日本に触れ自分を見つめなおし、そして日本中にブレインジムを広め、たくさんの子供たちやそのお母さん方をサポートしたいんです」-。
名取ゆきさん(以下、ゆきさん)は、満面の笑みで日本一周キャラバン始動の理由をこう話す。




きっかけは1通のメール


 ゆきさんがブレインジムに出会ったのは、2010年春。日本スクールコーチ協会から送られてきた1通のメールがきっかけだった。「TV番組『エチカの鏡』で取り上げられることになりましたので、視てくださいという内容でした。発達障害の甥っ子がいるので、ブレインジムとは何なのか気になってインターネットで調べました。どんな人に効果があるのだろうと調べていくうちに、発達障害を持つ人だけでなく、障害の有無に関わらず私も含めあらゆる人に活用できることがわかりました」
 ゆきさんは、この段階でブレインジムのインストラクターになろうと心に決めた。セミナーを受講する前のことである。



「これだ!」直感から、確信へ

 ブレインジムを体験するために参加したセミナー受講中、直感から確信へ変わったという。「これだ!と思いました。これまでコーチングやNLPを学んできたけれど、それを誰かに教えたいとは思いませんでした。でもブレインジムについては、インストラクターになって広めたいと思ったんです」
 体を動かすだけで、自分に自信が持てるようになり自己肯定感も増す。そんなブレインジムを、自ら広め推進していく立場になろうと勤めていた大手金融会社を2011年4月に退職。インストラクターへの道を本格的に歩み始めた。



実現方法を模索する旅

 ブレインジムに出会うまでの数年間は、どんな方法で自分の人生の目的を達成するかを模索する時期だった。26歳の秋、単身アメリカへ。これまで海外一人旅は複数回経験していたが、2年以上という期間未定の滞在は初めてのことだった。「何を学ぶかは決まっていないけど、行けばわかる。行っちゃえー!」ゆきさんは持ち前の行動力でチケットを手にした。アメリカへ出発する2日前、偶然書店で手にした書籍にゆきさんは心を揺さぶられる。コーチング関連の書籍だった。ゆきさんは自分の人生の目的について、「この世に生まれてきて良かったと思える人生を、少しでも多くの人が歩めるようサポートすること。自分で考え、自分で行動し、自分らしい人生を歩むこと。そうすれば、自分の心にゆとりができて周囲にも目が向くようになり、地球はもっとよくなっていくと思う」と凛とした瞳で語る。
 ゆきさんは、コーチングやコミュニケーション・心理学などをアメリカで学ぶなどして実現方法を模索した。次第に机上の学習だけでなく実際にやってみたい思いが高まり、予定より早く日本へ帰国した。「教育の現場にもっとコーチングを導入したい」という思いから帰国したものの、実際に活動することもなく停滞期間もあった。ただ、根底にある自身の人生の目的は揺らぐことなく、ゆきさんの中で着実に根をはっていった。



大丈夫。目指していれば、いつかたどり着ける
 
 筆者がゆきさんと会話をしている際に、幾度と無く耳にするのは「大丈夫よ」という一言。なぜか優しい安心感があり、きっと大丈夫と本当に思える不思議な言葉だ。「19歳のとき、一人旅開始直後にイギリスで出会った韓国人の女性がかけてくれた一言で、その後の旅の仕方がガラリと変わったんです」。宿泊したユースホステルの部屋には、鍵がついていなかった。同部屋だった韓国人の女性が、片言の日本語でこう言った。「カギガナイ。ダカラ、ワタシ、アナタ、マモル」。この想いが、ゆきさんの心に突き刺さったのだという。「私は一人で生きているわけじゃない。見えないところで支えられているんだなーってことに気づかされました。それまであった不安がなくなり、たとえ真っ暗な中を夜一人で歩いていても、大丈夫いつか着くよねと思えるようになったんです。人生も一緒。目的があってそこを目指していれば、きっといつかそこにたどり着く。そう思うんです」と微笑む。



“「大丈夫」と「生きる力が溢れでる」”をサポートしたい

 2011年6月28日、ゆきさんはブレインジムを広めるためキャンピングカーに乗って日本一周キャラバンに出発する。キャラバンをともにするパートナーは、ブレインジムのトレーナーを目指すことになったメールの送信者でもある。「彼は主に教育とビジネスの領域でブレインジムを広めていきたいと思っています。私は、対象を子供とそのお母さんや女性たちに絞って活動していきたい」と目を輝かせる。「自分自身の内側から変わったという変化を感じ取れるブレインジムを通して、“自分ってすごいんだ”“そのままの私で大丈夫”と、溢れる自分の可能性や素晴らしさに気づいてもらえるサポートができたら嬉しい。これまでコーチングなどを通して、自分への自信を失っていたり、自分の感情を抑えていたり、焦りや不安を抱えている人たちに出会ってきました。ブレインジムなら、簡単な動きをすることで自分の宝箱にアクセスすることができる。そこに詰まっているものは、夢・可能性・自信・勇気・優しさなどといった、自分にとって生きていくうえで大切で必要なもの。だから私は、インストラクター/コンサルタントになって、その人の生きる力が溢れ出るサポートをしていきたい」。自分を丸ごと受け止め、自信を持つことは子供が成長するために、とても大切なことだという。
 「あ、すごい、できちゃうかも」そう思える子供や女性が増えていくのも、きっとそう遠い未来ではないだろう。ブレインジムを広げる旅は、始まったばかりだ。「きっといい旅になる。そうとしか思えない」ゆきさんの表情から笑みが溢れ出した。
(Gold Kirara)





キャンピングカーで出発2

キャンピングカーで出発
ゆきさんは、このキャンピングカーで日本一周キャラバンへ出かける



■参考
ブレインジムとは
http://www.edu-k.jp/about_kine.html

東日本大震災でのボランティア活動で感じたこと

宮城県亘理町ボランティアセンターにて

ゴールデンウィークを活用し、東日本大震災の被災地へボランティアに
出かけるという方が増えてきたようです。

今回お話を伺ったのは、4月初旬に
津波の被害を受けた宮城県亘理町へ出向き
瓦礫撤去などのボランティア活動をしてきたHさん。

311以降、自分が何かできることはないかと考え続け
仕事の調整、寝泊まりする車の手配、水や食べ物・
長靴や作業着などを準備し、ボランティアセンターへ向けて
出発されました。そんなHさんに
現地で感じた事や出会った方々との心の交流について伺いました。



目的は、ただ一つ「助けたい」。それだけ

宮城県亘理町のボランティアセンターに到着したHさんが
配属されたのは、約10名で編成される精鋭チームでした。
その日は、亘理町で初めて「屋外」での瓦礫の撤去や泥の排出を
実施した日でもありました。

「家につっこんだ直径1メートルくらいの大木を切り出し
小さくして家の前に積み上げたり、今にも倒れそうな家の壁を
壊れて危険が及ばないように崩して所定の場所に運んだり。
黙々と力仕事をやりました」


「メンバー全員が、自ら考えて行動していることが
すぐに感じ取れました。だから、「どうすればいいですか?」と
言う人もいないし、自ら休もうとする人もいない。
危ない物は壊す、不要な木が刺さっていれば、はずして捨てる。
向こう側で重い物を持っているメンバーがいれば、自然に
サポートに入る。誰に何を言われなくとも、
役割分担が自然に決まっていきました。

自分ができる事、メンバーができる事、それぞれが
感じ合いながら。口に出す前に、体が自然に動いていましたね」


「なぜここに来たかというような話は、一切しませんでした。
そんな質問は必要ありません。
目的は、ただ一つ「助けたい」。それだけですから。」



「自己紹介なんかいいよ」は、共通の強い思いがあるから

「休憩時間に、メンバーの一人が自己紹介をしようかと言いましたが
リーダーの方がこうおっしゃいました。
「自己紹介なんか、いいよ~」と。
あの現場にいれば、この言葉の意味が容易に理解できます。
ここで今、一緒に活動しているメンバーは
全員が「目の前にある瓦礫を少しでも撤去して
地域の方々の助けになりたい」と思い、身体を動かしています。
その思いがあれば、十分なんです。
メンバーの背景を知らなくても、共通の強い思いがあるから
互いを思いやった言動に自然になるし、全員が前向きに
目の前のことに取り組める
んです」


体力を使う活動で、足腰は痛いし、何度も息があがる。
それでも、誰も疲れたなんて言わなかったそうです。
出てくる言葉は、「次、これをやろうか」。
メンバー全員の思いの強さ、尊さを感じます。


道の真ん中で、立ち尽くす

「瓦礫撤去のために海岸近くに降り立った時には
目の前の現実のあまりの悲惨さに、すぐには理解できませんでした。
報道されている状況の数十倍もひどいと思いました。
余震も続いていましたし、今にも崩れそうな壁をみると
また津波がくるのではないかという恐怖も感じました。
東京へ戻って来た今でも、何度もショックを覚えます。

現地で、道路に横たわる船をみたときは
道の真ん中で立ち尽くしてしまいました。
そのとき、すでに数週間前から活動を開始していた先輩が
後ろから声をかけてくれました。
「僕も最初はそうでした」と。

家と家の間につきささったピアノや
家につっこんだ車。私たちボランティアメンバーだけでは
どうしようもないこともたくさんありました。
現在は徐々に重機も使われ始めているようですが、
4月初旬の現場は、まだまだ何も撤去が進んでいないような
そんな状況でした。」



1人の力は小さくても、10人集まれば大きな力に


「これから現地を助けたいと思う人が
より現地で活動しやすいように、リアルタイムで
どの場所にどんな人材が必要なのかがわかるITが
できていくといいなと思います。

1人の力は小さくても、10人集まればもっと大きなことができる。
「2日目の人は、もうベテラン」
先輩メンバーに、そう言われました。
たくさんのベテランが、新たなベテランを育て
現地の方々にとって大きな力になっていくといいなと思います。」



必ず復興できる。


現地の方々が、自らがんばろうとしています。
それを支えようとしているボランティアメンバーがいます。
さらにそのメンバーを遠くからでも支える家族や仲間がいます。
またさらに、その方々を支えている友達がいます。
すでに、支え合いの輪ができているのではないでしょうか。

だから、思うんです。
必ず復興できる、と。



「自己紹介はいらないよ」

精鋭チームで出会ったリーダーに、もしも
いつかまたどこかで出会えたら、どんな会話をしたいですか?と
伺うと、Hさんは、大きな瞳をキラキラさせておっしゃいました。

「きっとまたどこかで出会えると思います。
同じ気持ちをもった人だから。そのときは、こういいます。
「自己紹介は、いらないよ」



宮城県亘理町ボランティアセンター


(編集後記)
ライフラインがままならない現地での、慣れない力仕事。
想像を超える現実とそこでの出会い。お話くださったHさんの
まっすぐな眼差しと温かい笑顔から、今回の震災を通じて
人が立ち返るべき大切なことは何か、そのヒントを頂いたように
思います。貴重なお話を、ありがとうございました。

焦るな。失敗してもいい、新たな挑戦を続けよう

先日、お仕事でお会いしたコンサルタント(40代後半)の方から
コンサルタントとしてのマインドの持ち方やさらなる成長への極意を
伺う機会に恵まれました。

その方(Dさん)は、クライアント企業様からの信頼が厚く
いつも指名され、数々のプロジェクトを成功に導かれた実績のある
紳士です。

Dさんのお話を伺った中で、特に
「これから実現したいこと」と「後輩へのメッセージ」が
どんな職業・職種の方へも参考になるのではと思いましたので
ここでご紹介いたします。


これから実現したいことは、2つ。新しい事へのチャレンジと理想の追求

語り口や物腰は穏やかですが、内に秘めた情熱が言葉の端々からこぼれるDさん。
私からみても、人生の大先輩であるDさんに
「これから実現していきたいこと」について伺いました。

「二つあります。
まず一つ目は、 今の自分で満足せず、新しいことにチャレンジしていきたいと思っています。
年齢を重ねると、新しいことへのチャレンジは億劫になりがちですが気概をずっと持ち続けていたいです。

二つ目は、 理想を追求した上で
「こういうことをやっていきませんか」とお客様へ提案していきたいです。
ある程度理想を追求することを考えていかなければ、お客様に「いい解決策を提案してくれた」と思われないし
出来そうなことばかり提案していたら、そこで終わってしまうように思います。
理想を追求した上で妥協するのか、最初から妥協して提案するのかでは、ずいぶん違うと思うんです。
[生涯現役]の夢をかなえていくためにも、この二つには取り組んでいきたいです。」


 

 
「焦るな。」失敗してもいい、どんどん挑戦することが大切

お仕事上の実績と人となりの素敵さの両面をあわせもつDさんは、
若手からの多いなる信頼をも獲得しておられます。最近の若手メンバーをみてどんなことを感じておられるのでしょうか。
今、若手メンバーへ伝えたいメッセージについて、伺いました。
 
「「どんどん成長していきたい」と向上心を持つ人が多いですが
若手のみなさんには「焦るな」と伝えたいですね。

例えば、30歳の人が40歳を超えたベテランと同じように振舞えるかというとそれは無理な話。
将来「ああいうふうになりたいな」と学び、
目標におくのはよいことですが
自分が同じことをすぐに出来ないからといって、自分がだめだと思う必要はありません。

コンサルタントは一人ひとりの人間力で勝負する商売ですので
モノマネではなく自分自身の個性をもっと大切にじっくりと育てることを、長い目で考えてもらいたいと思います。
だから、焦らずに一つひとつ経験を積み重ねていってほしいです。
常にチャレンジすることを忘れずに。

重要なプロジェクトでの失敗は許されない、という意識が強いからか
「未経験の分野に積極的に取り組めない」
「頭の中で考えるだけで行動に移せない」
というメンバーもいるのではないかと思います。

若いメンバーには、ぜひ
「未経験だし知識もありませんが、ぜひやらせてください!」
「こういうことに挑戦してみたいんです!」

という積極性を出して欲しいですね。
もし失敗しても命までは取られませんし、絶対にPMが責任を取ってくれますから大丈夫ですよ(笑)

失敗してもいい、どんどん挑戦してください。
シビれる体験からこそ、多くの学びと成長への糧が得られますから。」





(編集後記)
どんなときでも、いつも誠実にご対応下さるDさん。
コンサルティングの現場だけでなく他の場面でも、Dさんの振る舞いや後姿から学べることがたくさんあるように感じています。
今回のインタビューで若手メンバー向けに下さったメッセージは、コンサルタントの皆さんはもちろん
その他の職種で頑張っておられる方々の心にも響くのではないでしょうか。
Dさん、貴重なお話をありがとうございました。(Gold Kirara)

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